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山口地方裁判所 昭和34年(行モ)2号 決定 1959年6月03日

申立人 山本文槌

被申立人 山口県知事

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

事実及び理由

申立人代理人は「被申立人が昭和三十三年四月三十日付山口県指令農地第一号を以て別紙目録記載の農地につき農地法第二十条第一項の規定によりなしたる農地賃貸借解約許可処分は、当事者間の山口地方裁判所昭和三三年(行)第九号農地賃貸借解約許可の無効確認事件の判決確定に至るまで、その執行を停止する」との決定を求め、その理由とするところは「別紙目録記載の農地(以下単に本件農地と略称する)は、訴外村神啓也の所有地で、申立人は同訴外人から本件農地を賃借し現に耕作中のところ、被申立人は訴外村神ツネ子の申請に基き同訴外人に対し、昭和三十三年四月三十日山口県指令農地第一号を以て、農地法第二十条第一項の規定により、本件農地に対する右賃貸借の解約許可処分をした。しかしながら右解約許可処分は本件農地の所有者でなく従つて又その賃貸人でない前記村神ツネ子の申請に基いてなされたものであり、而も被申立人は右解約許可処分に当り、右村神ツネ子を本件農地の所有者として取扱つている違法がある。よつて申立人は昭和三十三年十二月八日右解約許可処分に対する無効確認の訴訟を提起し、右訴訟は現に当裁判所昭和三三年(行)第九号事件として係属しているのであるが、前記村神ツネ子は、前記解約許可を得て、申立人に対し昭和三十三年五月十日本件農地に対する前記賃貸借解約の申入をし、昭和三十四年五月末日の期限を付してその引渡を迫つていて、一度それを執行されるならば、申立人の本件農地に対する耕作権は不当に侵害され、仮令申立人が後日勝訴の判決を得ても、これが回復に容易ならざる困難を生ずるばかりでなく、既に稲作の植付時機が迫つている折柄であるので、一日たりとも猶予できず、ここに本件申立に及んだ次第である。」と謂うにある。

よつて審按するのに、裁判所が違法な行政処分の執行停止を命ずることができるためには、行政事件訴訟特例法第十条第一項の規定する要件として、行政処分の執行により生ずべき償うことのできない損害の発生する虞のある場合であることを要するところ、本件は農地の賃貸借解約許可処分の執行停止の申請であつてみれば、先ず右許可処分は単に賃貸人に解約権能を付与するにとどまるのであるから、許可があるのみでは賃借権消滅という法律効果は生ぜず斯ような効果を生ぜしめるためには許可の外適法な解約の申入がなされなければならないのであるが、仮りに斯ような適法な解約の申入により、申立人の本件農地に対する賃借権が消滅し、従つて申立人において本件農地を訴外村神ツネ子に引渡すべき義務が生じ、その結果本件農地の占有が右訴外人に移転せざるを得なくなつたにしても、土地の性質上、例えば家屋の収去等と異り、これがため直ちに滅失するというようなこともなく、且つ本件及び昭和三三年(行)第九号事件記録に徴すると、本件許可処分は被申立人が農地法第二十条第一項の規定に基き、耕作者の地位の安定を図るとともに、本件農地についての生産力の増進を図るためには、賃貸借関係を継続させて賃借人である申立人をして耕作させるよりも、地主に自作させることのほうが適当であるとの見地からなしたものであることが一応認められるのであるから後日申立人が勝訴の判決を得ても、前記訴外人が本件農地を他に転用するためその現状に変更を加えて、農地としての原状に回復することを不能ならしめる虞あるものと認められず、更にその間申立人が耕作できなかつたため損害を蒙ることがあるとしても、通常の経済的価値以上の有形無形の損害をもたらすものと認め難く、金銭賠償によつて忍受することのできる損害というべきであるから、何れにしても結局処分の執行により償うことのできない損害の生ずる場合でないと認められる。

よつて以上の点において既に申立人の本件申立を許すことができないと認めるから、爾余の要件についての判断を俟つまでもなく本件申立は之を却下するを相当と認め、申立費用の負担につき、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 菅納新太郎 松本保三 田辺康次)

(別紙目録省略)

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